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2007年4月26日 (木)

聞くつもりはなかったんだ。

上司が何やらボソボソ話していたんだ。

僕の担当顧客の名前を出して、「あそこの仕事は縮小していくから」って!

そういう話は聞こえないようにやってくれ。もしくははっきり言ってくれ。

僕、何の為に営業いるのだろうか?

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2007年4月25日 (水)

人体には、科学では説明することのできない、未知の領域が多くある。

そのひとつが「相性」であると、僕は思う。

誰々のどこが嫌い、とか人の好き嫌いの理由は、案外後から取ってつけた、自分を納得させるための理由が多かったりする。

的外れを承知で妄想すれば、人間には確かに、「第6感」が存在する。

それは、本能的自己防衛の為の器官であり、具体的に言えば自分の不利益になる人間を選別し、拒絶する能力だと思う。

人間は何かしらの電波のような物を常に発しており、またそれを受信する器官を各人が備えている。

電波を受信すると、脳が自動的に、電波の主は自分にとって無害か有害か判別し、それを精神の反応に反映させるに違いない。

僕は今日、自分にそのような器官が備わっていることを確信した。

それは一見、理由も無く人を拒絶するように見えるが、第6感が備わって入れれば納得だ。自分の無意識下のうちに、選別していたのだ。

つまるところ、何が言いたいかと言えば、

「その未練たらしく残った髪の毛、いつか全部ブチ抜いてやる!」

て、ある人に言ってやりたい。そして最終戦争の後、決別したい。

「生理的に受け付けない」という言葉は、言い方が違うだけで、本能が拒絶しているのと同義だと思う。

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2007年4月24日 (火)

車での出張、隣で寝ている上司を見てふと思った。

寝たまま死ぬのは「安らかな死」と言えるのだろうか、と。

安らかな死と言えば、万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチ曰く

「充実した日が安らかな眠りをもたらすように、充実した一生は幸福な死をもたらす」

という格言を思い浮かべる。

彼の死は、日本的に言えば「畳の上で死ぬ」死に方であった。

それは、邂逅の時間が残されていたことの証明であり、だからこそ、上記のような名言を残すこともできた。病気で苦しもうと、そうでなかろうと、だ。

ただ、無意識のうちに死ぬ場合、これは表面的には苦しまず安らかな死ではあると思う。

しかしダヴィンチのように人生を邂逅する時間を与えられているわけではない。

問答無用で死が迎えに来る。果たして、そのような死に方が安らかだと言えるのだろうか。

「苦しまずに死んだ」と安心する人もいるだろうが、最期の最期まで、人は自分の生きた証明をどこかに残そうとする。

それすら考える余裕の無いまま死を迎えるのは、無念なのではないかと、僕は思う。

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2007年4月23日 (月)

結構お手軽?

月旅行が早ければ、5年後の2012年に実現するそうだ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070422-00000091-jij-int

費用は日本円で118億円。

高そうではあるが、月へ行く値段としては破格ではないだろうか。

通常、宇宙飛行をする上で、最も高価はパーツは「宇宙飛行士」だと言われている。

どんな高級な機械を開発するよりも、宇宙飛行士1人を育てるほうが金がかかるということだ。

そのコストがかからない分、安いのかもしれないが、H-2Aの打ち上げコストが1回100億弱だから、月面に着陸しないとしても、やはり安いのではないだろうか。

「宇宙旅行の値段」の話が出ると、いつも思い出す事がある。

人類初の宇宙旅行を行った実業家のチトー氏のことだ。

当時、高校生だった僕は、24億円という途方も無い数字に圧倒されていたが、知人と、銀行強盗何回すれば24億円手に入るだろうと怖い話をしていた。

一般人にとっては、1億円だろうと到底手の届かない数字であり、「いつかは宇宙へ」という言葉は絵空事にしか聞こえない。

だが、それでも、宇宙に興味を抱くのは、僕らが持って生まれた本能なのだろうか。

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2007年4月22日 (日)

先週末、とうとう待ちに待った『時をかける少女』のDVDが届いた。

「お前何回見たんだよ」と散々突っ込みを入れられてきたが、それでも未だ見続けるのは、忘れてしまった何かを映画に求めているからなのかもしれない。

過去への邂逅は、必ずしも悪いものではないと思う。

前に進むためには、過去の失敗から学ぶことも必要だろう。

そんな事を、映画を見ながら考えていた、内容とは関係ないけど。

そんなアンニュイな気分の日曜日。会社の先輩と服を買いに出掛けた。

致命的にセンスの無い僕にとっては、非常に心強い。

服を買うのも1年ぶりという無頓着だが、これも過去への邂逅による答えのひとつだと、帰宅した後で『時かけ』を見ながら思った。

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