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2007年5月10日 (木)

「EV暴走 勝手に上昇し天井衝突」
というニュースの見出しを見て、

「EVA暴走 勝手に上昇し天井衝突」
に見間違えたのは、僕だけじゃない、絶対。

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2007年5月 9日 (水)

ぬこバトゥン,

★ルール★
・これが回ってきたら次に書く日記の語尾すべてに
 「にゃ」「にゃん」「にゃー」等をつけなくてはならない。
・「な、ぬ」も「にゃ、にゅ」にすること。
・一人称は必ず「我輩」にすること。
・日記の内容自体は普段書くような当たり障りのないもので構わない。
・日記の最後に3人!まわす人の名前を記入するのを忘れないこと。
・既にやったことがある人でも回されたら何度でもやる事。

~ここから~

我輩、普段家では、10年近くに渡って同じキーボードを使用し続けているにゃ。
PCは変わってもキーボードのみ生き残り、かなり愛着が湧いてきてるにゃん。

でも会社ではノートPCを使用にゃので、キーボードのタッチフィーリングが全然違うにゃん。
丸2年使い続けても慣れることも無く、とうとう耐えられにゃくにゃり、
今日、廃棄PCからUSB仕様のキーボードを頂戴し、取り付けたにゃん。

あ~、なんか落ち着くにゃ~。
この深く沈みこむ感じがにゃんとも「押してる」感が出てて良いにゃ。
あと、ガチャガチャとうるさい音も、押してる感を強調するにゃ。
我輩、結構ハードタイピングにゃので、周りの人々には迷惑この上無しにゃのだが
にゃんだか気分が乗ってしまい、メール文が意味無く長くにゃってしまったのにゃ。

まぁ、退屈な日々の生活の中で、少しでも新しい刺激を、ということで許して欲しいにゃ~。

って、もう限界。かなり恥ずかしいね、これ。
というわけで、次なる生贄は

takuさん
てんしん☆さん
akogareさん

あと宜しく!!

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2007年5月 8日 (火)

影響力は及ばない

NHKの『クローズアップ現代』でブログを書く人、いわゆる「ブロガー」の特集をやっていた。
確かに、誰でも簡単、気軽に世界へ向けて情報発信できる時代。
それと同時に、人と人の繋がりが希薄になり寂しがりやが増えた時代。
自分がそこに居る事の存在証明として、ブログは人気を博し、今や日本は、
世界のブロガーの1/3を抱えるブログ大国となった。

そして、今では企業がその宣伝のためにブログに目を付けているという放送を見つつ、
「ウチには関係ね~な~」なんて考えていた。

実際、話題に上るブログというのは、まず何らかの情報を発信している所であり、
そして、書き方に特徴があったり、切り口に特徴があったりする所である。
そのため、当然の事ながら、話題提供を行わず、
常に後ろ向きに全力疾走な、僕のページは全くヒットしない。まぁ、いいんだけど。

そもそも、僕はブロガーではない。
確かに、ブログというシステムを利用してはいるものの、
あくまで、自身のホームページ内の日記として利用しているに過ぎないのだ。
もし、僕に「ブロガーとして」何らかの意見を求められたり、招待を受けたりしても、絶対に拒否をする。
万に一つもないけれど。

でも、僕自身は、こうしてネット世界の隅の隅で、
こっそり訳の分からない事を言っている自分が、好きだったりするのだ。

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2007年5月 7日 (月)

せめて人間らしく

連休をゴールデンと持ち上げてみたところで、やる事はいつもの休日と殆ど変わっていないと、終わってから気付きました。
いつもの事ですが・・・

ただ、今年のGWはニューRCの投入や、個人的に気合を入れたイベントがあったりなんかして、それなりに楽しんでいたのではないだろうかとは思う。

当然、連休明け初日は気合が入ってません。
それはお客さんも同じことのようで、
電話も上の空で、「あの~、僕の話聞いてくれてます?」って言いたくなるような人や
「連休前に頂いた書類が見つからないんですけど」などとのたまう人が続出。

顧客だろうと、人間だ。
僕が嫌だと思っているのなら、彼らもまた同じように思っていることだろう。
しかし、その態度はないんじゃないかと。

そんな人達には、この言葉を送りたい。
『せめて、人間らしく』

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2007年5月 6日 (日)

失った気持ちは

一昨日、大学時代の友人どもと飲んでいて、
「皆、だいぶ丸くなったね」という話になった。
身体的な事ではなく、雰囲気の話である。
やはり、勤めに出るようになり、また結婚して家庭を持つ等の環境の変化により生じた義務により、僕らの生活はより堅実なものへと、無意識下のうちに変化しているように思う。

それが「大人になる」ということなのかもしれないが、正直、非常に寂しいものがある。

以前にも同じ事を書いているが、かつて自分の持っていた、
なんとも形容しがたい、物事に対するハングリーな姿勢のようなものが消えつつあるのだ。
「昔の自分だったら・・・」などと思い出したらもう危ない。
自分という個人を構成する上で、重要だと思っていたファクターが、
いつの間にか無くなっていて、それでも今自分は自分として生きている。
それじゃあ、今まで重要だと思っていた物は何だったのだろうか、そんな風に思ってしまう。

確かに、自分という個人は不変ではない。
人は時間、空間、他人の影響を受けつつ常に変化する生き物だ。
だからこそ成長していけるのだろうが、だからと言って、過去の自分を捨て置いて前に進むのは、余りにも寂しいではないか。

昔持っていた気持ちを、いつの間にか無くしてしまって、でもそれを懐かしんで生きていく。
そんな大人に、僕はなりたくない。

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