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2007年6月23日 (土)

趣味の境界を越えて

今日は朝からタミヤGP参加のため、名古屋まで行ってきました。
その話は、別途レポートでアップするとして、今回はその帰り道でのお話。

名古屋からの帰り道で、ギターのピックを買おうと目論んでいたが、
うちの地元は典型的な田舎。
楽器店は皆無に等しい。ありそうな所を回ってみても結局見つからず、
諦めかけたその時、助手席に座っていたakogareさんが、妙案を放った。

「プラパンで作れば良いんじゃない?」

思わず、「それだ~!」って叫んだね。
だって、店で売ってるピックだって、ただのプラの板だ。
材質は多少違うが、それを補って余るアドバンテージを僕はその時、確信した。
形状・大きさは自由自在、厚みも各種揃っている。

なんだか、創作意欲が急に湧いてきた。
しかも、模型製作でもしてない限り、ピック←プラパンの構図は誰も思いつかない。
これはもう、僕の独壇場と言っても過言ではないのではないかと思う。
プラモ用の工具を駆使すれば、通常のオニギリ型やティアドロップ型は言うに及ばず
自分の指にフィットする形状の型や、その他色々、
陸戦型・寒冷地仕様・地対空型・先行量産型・核装備型・NT専用型、等々
想像の赴くままに様々なピックを製作することができる。
店頭に並んだ出来合いの物を色々試して使うより、
形状的にもコスト的にも納得のいく結果となるだろう。

これで、すぐ失くしてしまうことも無くなることだろう。
とりあえず、直近で必要だったので、家にあったプラパンで、
1mmと0.3mm各1個づつティアドロップ型を作って弾いてみた。
なんてこった。
市販品と変わらない弾き心地。
このままだと、ギターを弾くためにピックを作っているはずが、
作ったピックの出来を確認するためにギターを弾く、と言う
本末転倒に成りかねないため、ほどほどにしておいたほうが、良さそうだ。

しかし、akogareさんの放った一言、
「普通の家にプラパン無いよね。でも、SV君家にはありそうだから言ってみた」
は的を射すぎている。

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2007年6月22日 (金)

目から鱗のギター講座

ボクの目に余るギターの下手くそぶりに、とうとう友人が救いの手を差し伸べてくれた。
初めて人からギターを学ぶ。
今まで100%自己流であったため、弾いてもちっとも上手くならず、
上手くならないから楽しくない。楽しくないから弾かなくなる。
という悪循環に陥っていた。

しかし、それも昨日で御終いだ。
僕の数年間は、昨日の3時間によって全て破壊された。
なんて事だ。
音の出る仕組みを理解することによって、ギターはようやく自分の理解できる代物に
なりつつある。

そう、まずは理論的に納得がいかないと、何事も前に進めない性分なため、
色んな事につまづいてきた。ギターもまたしかり。
これでようやく第一歩が踏み出せた感じがする。
部屋の隅に陣取っているギター、妙に可愛く見えてきた。

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2007年6月20日 (水)

捨てる?

最近の中高生は、一日にメールを200通も送るそうだ。
平均でも100通強。
指が腱鞘炎になりそうだ。
なんだか、会話の代わりに使ってるんじゃないかと思うほどの数だ。
確かに、言葉よりも文書の方が記録に残るので後々のトラブルは発生しにくい。
でも、それは仕事の話であって、友人同士の話に信用が持てないのなら、
それは友達ではない。

有り余る若きパワーを、無駄な事に費やしているとしか思えない。
言いたい事は、直接喋れば良い。
そっちの方が、遙かにレスポンスが良い。
それでいて、返事が遅いと次の日学校でいじめの対象になっていたりするらしい。

恐るべし、子供の世界。
大人の社会より遙かにシビアでせち辛い世界だ。
義理も人情もあったものではない。
そんな事で虐められてしまうのなら、僕などは既に100通りくらい虐められている。

でも、なぜそんな世界になってしまったのだろうか。
返信が無いことが、そんなに不安を掻き立てるのか。
確かに、1通のメールが来ないだけで、どうしよもう無く悶える時もあった。
しかし、電話に出ない相手を怒るのと一緒で、
相手方は見えないわけだから、当然返信できない状況にいる事も多々ある。
そこを理解しないで、自分の主張のみを押し付け、そしてそれに対し反応を強要する。

そう考えれば、彼らがもはや人並みのコミュニケーション能力を有しているとは言い難い。
相手を理解する気持ちが無ければ、人を傷付けても何とも思わないだろう。

以前、携帯電話を「ぶしつけな機械」と呼んだが、
機能が充実していくに従い、使う人の心を奪うこの機械は、
人の心に巣食う寄生虫のようだ。

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2007年6月19日 (火)

次世代エネルギーへの展望

ますます厳しくなる排ガス規制。
高騰するガソリン価格、そして枯渇する石油。
それらに伴い、進む次世代エネルギー開発。

でも、ちょっと待って欲しい。
立ち止まって考えて欲しい。
水素エンジン、燃料電池、バイオ燃料、核エネルギー等々・・・
どれも、今後主流となる可能性のある、次世代クリーンエネルギーだ。
地球への環境負担が無いことを謳い文句にしている。

しかし、それらのエネルギー自体が環境負荷を与えなくとも、
実用化までの過程で、どれだけのエネルギーを使うのだろうか。
さらに、実用化後、設備としての寿命を迎えた時に、
廃棄する場合まで考えたら?

実用化までの工程は、長期的に見ると償却できる部分だろう。
しかし、廃棄する場合は?

例えば、風力発電用風車。
風車自体が寿命までに生み出す総エネルギーよりも、廃棄する際に使用される
エネルギーの方が断然多いと聞く。

ハイブリットカーも同じ事。
燃費が上がっても、同クラスの車両価格からアップしている分を、
まかなえるか、微妙な所らしい。
しかも、廃棄にかかるコストは、普通車よりも大きいだろう。

「次世代」と頭に付けることで、クリーンなイメージになってしまう次世代エネルギー
だが、
実際、それらが実用化するまで、現用の資源がもつのか、それすら怪しい。

今後、全てのエネルギーをある次世代エネルギーに転換する政策を打ち出したとする。
それには、現在使用している石油の年間使用量の50年分が必要だとする。
でも、石油は残り40年分しかありません。
そんな感じだ。

そもそも、本気で地球環境を憂いて次世代エネルギー開発をしようとしている人など、
いいとこ、個人レベルだろう。
企業レベルになれば、必ず利益が見込めなければ動きはしない。
だから、各組織の想いが錯綜し、うまく前に進まない。

かつて、飛行機の発展を願って行われた大西洋横断レースや、
シュナイダーカップ・トロフィー。
主催者は、私財を投げ打って、これらのレースを企画した。

今、個人レベルでこんな事ができる人はいない。
企業も、「放っておけば、崩壊。でも損はしたくない」
そう思って、中途半端に取り組むだけだ。
それ自体を、宣伝として利用しているかのように。

21世紀中には確実に石油の代替エネルギーが必要になる。
しかし、今このような状態ならば、
おそらくあと半世紀経っても、同じ事をしているように思う。

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2007年6月17日 (日)

欲張り者への挽歌

「どうせ雨だから、土日はプラモでも・・・」
などと休日のプランを立てていたのだが、
金曜の夜、友人から突然写真撮影に行こうと、お誘いを受ける。
しかし、来週土曜にはタミグラが控えている。
最後の練習はどうしても外せない。
しかも、夜はサバイバルゲームが待っている。
見たいDVDも溜まっている。

結果、僕の取ったプランは、金曜の夜から、
PM10:00~DVD鑑賞
AM4:00~ラジコン
AM8:00~写真撮影の為に掛川へ
PM9:00~サバイバルゲーム
AM4:00 帰宅
というものだった。

いくら好きな事する為とは言え、
どこまで自分を虐めれば気がすむのだろうか。
もう徹夜なんてできない、などと思っていたがなんとかなってしまうものだ。

その代わり、日曜日は一日死人のようでしたが・・・

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