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2009年12月28日 (月)

リベンジの機会は与えられるか

既に時遅しと思われるが、ようやく年賀状を発送し終えた。

僕が字がとてつもなく汚いため、年間行事の中で年賀状書きというものは、
いつも相当の苦痛であった。
でも、今は21世紀。パソコン様々である。
住所録を見れば、昨年誰に出したのかも、一目瞭然。
クリックひとつで宛名書き終了。
文面だって、ネットで素材を探してそれを基にレイアウトすれば、
誰でもお店で売っているような年賀状を簡単に作ることが出来るのだ。

しかし、プリンタから出力されてくる年賀状を眺めていると、感嘆の思いと共に、
少しの寂しさが漂ってくる。
子供の頃、年賀状作成と言えば、我が家では手書きか、
芋判、もしくはプリントゴッコだった。
特にプリントごっこは画期的な商品だったように思う。
今でも、あのフラッシュバルブの閃光と、発光材の焼ける臭いが脳裏に焼きついている。

家庭で手軽に印刷ができるプリントゴッコ。
パソコンの普及により最終的には活躍の場を奪われてしまい、生産終了してしまった。
このように、新方式の製品の登場により、既存技術を用いた製品が廃れてしまう事は、
市場の摂理であり、仕方の無いことかもしれない。
だが、気がかりなのは、既存の製品を作っていた人々は、
他に活躍の場を見出すことが出来たのかという事だ。

例えば、VHSやカセットテープなどの磁気テープ。
今や光学ディスクに完全に主役を奪われてしまったが、
その技術は今どこで何に使われているのか。
何か新たな製品に転生できていれば良いが、そうでなければ消え行く他に道は無い。
そして当然これからも、そういった事は起き続けて行く。
例えば、自動車部品。
エンジンブロックは通常、鋳造によって作られているそうだが、
今後電気自動車が普及してくると、
エンジン自体が無くなるのもあるが、鋳造部品は殆ど使われなくなるそうだ。
そうなった時、鋳造メーカーは他に活路を見出せるのか、心配になってくる。

僕達が今、快適な生活を送ることが出来るのは、
そういった過去に過ぎ去った技術達のおかげなのであり、
それらが人知れず消えて行く事を考えると、僕は寂しく、
また悔しい気持ちに駆られるのだ。

カメラのフラッシュとしての役目を終えようとしていたフラッシュバルブ。
プリントゴッコは、フラッシュバルブに再び活躍の場を与えてくれた製品だった。
願わくば、あの閃光をもう一度、どこかで目にする事ができますように。

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